大和田獏さんは俳優や声優として活躍をしています。
彼の出演作品は多く、また知名度の高いものばかりです。
その長い輝かしい経歴を持つ大和田氏は2025年現在、74歳を迎えましたがまだまだ現役を貫いています。
そんな彼のプライベートについて興味を持つ人は多くいます。
今回は、大和田獏さんの
- 学歴のまとめ
- 学生時代のエピソード
についてまとめてみます。
大和田獏の学歴まとめ!

大和田獏さんは一体どのような学校を卒業しているのでしょうか。
高校:名古屋市立菊里高等学校
大和田獏さんの出身高校は名古屋市立菊里高等学校です。
高校2年生の時に、出身地である福井県敦賀市の高校より転校しています。

学校の特色です。
- 明治29年創立の歴史ある学校で、もとは女子校としてスタートし、戦後に共学化。
- 普通科と音楽科を設置しており、特に音楽科は公立校として全国的に知られている特色です。
- 教育目標は「社会の有為な一員としての資質の育成」「個性の伸長と自主的学習態度による学力の充実」「健全な判断力と自他の敬愛・協力による社会貢献力の育成」の三本柱を掲げています。
- 音楽科では英語や国語など普通科目に加え、音楽理論、音楽史、演奏研究など専門科目を学び、マンツーマンレッスンや合唱、オーケストラ活動が充実しています。
- 学校行事として「菊里祭」や「弥生祭」などの文化活動が盛んで、音楽科の定期演奏会は地域の人々にも親しまれています。
伝統と進取の気風を持ち、文化面と学力向上の両立を目指す学校です。
偏差値は68で平均より高く、学力面でも音楽方面も充実しています。
音楽科ではマンツーマンレスンや、芸術的能力を身につけることができ音楽への道へ進むこともできます。

場所は愛知県名古屋市千種区星が丘元町13−7にあります。
名古屋市営地下鉄東山線『星ヶ丘』駅からは徒歩6分と立地がよく、『名古屋』駅へも30分ほどで行ける利便性のいい学校です。
周辺環境は東山地区の丘陵地にあり東山公園や東山動植物園などの自然に囲まれています。
また地下鉄駅や星ヶ丘テラスや三越などの商業施設が近く、ショッピングや食事なども便利、学校周辺はおしゃれに整備されており治安も良く過ごしやすい環境となっています。
大学:名古屋市立大学
大和田獏さんの出身大学は名古屋市立大学です。
彼は経済学部を卒業しています。

名古屋市立大学経済学部の特色は以下のようなものがあります。
- 学生は幅広い経済学・経営学の知識を学びつつ、自分の将来のキャリアに応じた柔軟な履修プログラムを選択できるようになっています。
- 近い分野の科目をまとめた「ユニット(科目群)」制度を導入し、必要な知識・スキルを段階的に身につけられる仕組みです。
- 広く経済学・経営学の理論を理解し、将来的に経済や経営上の問題に柔軟に対応できる能力を育成します。
- 研究室やゼミ活動も活発で、経済学の専門性を深められる環境が整っています。
- 入学者の男女比は2024年時点で男性62%、女性38%とやや男性多めですが、多様性に配慮した教育が行われています。
総じて、経済学の基礎から応用まで幅広く学べ、将来のキャリア形成に役立つ教育プログラムを持つ学部といえます。
また、同大学の医学部・薬学部は全国公立大学の中でトップクラスの評価を受けています。
場所は、愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1にあります。

地下鉄桜通線の『桜山』駅から、徒歩6分ほどと近くにあります。
周辺にはスーパー、コンビニ、ドラッグストア、多彩な飲食店が多数あり、生活利便性も高いです。
治安も良く、学生用のマンションや一人暮らし用の物件だけではなく女子専用マンションも整備されており安心して暮らすことができます。
名古屋市博物館や瑞穂公園、山崎川などの自然・文化施設も近く、豊かな自然環境が楽しめます。
キャンパス内外には緑地や薬学部の薬草園などが整備されており、快適な学びの場が提供されています。
大和田獏の学歴俳優の兄の影響で芝居に熱中!

大和田獏さんはどのような学生生活を送っていたのでしょうか。
学生時代のエピソード
出身地は福井県敦賀市ですが、高校2年生の時に愛知県名古屋市にある名古屋市立菊里高等学校へ転入し、同校を卒業しました。
転入前は福井県内の高校に通学しており、福井県立敦賀高等学校(兄・伸也や姉が通っていた)が有力視されています。
高校卒業後、名古屋市立大学経済学部に進学し、卒業しています。
大学卒業当初は、俳優ではなくテレビ局への入社を志望していました。
しかし、就職活動中に中部日本放送(CBCテレビ)を訪れた際、同局のプロデューサーにドラマへの出演をスカウトされました。
大和田獏さんは「断ったら就職に響くだろう」と考え、その話を受け入れています。
しかし、肝心のCBCの採用試験は不採用でした。
その後、就職活動がうまくいかず進路に迷っていた時に、人から役者になるよう勧められたことがきっかけで、俳優の道を歩み始めました。
1973年(昭和48年)にテレビドラマ『こんまい女』への出演で芸能界デビューを果たしています。
大和田さんの大学時代は、兄・伸也さんの影響もあって芝居三昧の日々でした。
1970年の安保の年に名古屋市立大学に入学しています。
大学時代は演劇部に所属しており、後に学生劇団を創設しています。
大学1年の時には、大学祭に唐十郎さんの劇団「状況劇場」を呼んで、端役で出演させてもらうなど影響を受けました。
大学の演劇部は2年のときに方針が合わずに飛び出し、自分でグループを結成しました。
そのグループでは、唐十郎さんを真似て脚本を書き、テントを張って芝居をしていたそうです。
演劇の仲間や大学祭の実行委員の人たちとは、準備をしながら、硬い話や演劇論をぶつけ合っていました。
これらの集まりは、グラウンドの隅や下宿している友人の部屋で行われ、鍋をつつきながら、一升瓶やトリスなどの安いウイスキーを持ち寄り、遅くまでガンガン飲んでいたとのことです。
その結果、翌日は頭がガンガンに痛むことがあり、気がついたら大学の中の合宿所の一室で寝ていたこともあったと語られています。
まとめ
今回は、大和田獏さんの
- 学歴のまとめ
- 学生時代のエピソード
についてまとめてみました。
大和田獏さんの学生時代は、就職難を身にしみながらもお兄さんの影響を受けて俳優を目指していました。
最初は興味がなかった芝居でしたが、お酒を飲みながら演劇論を繰り広げるほどの熱中ぶりだったようです。
その甲斐もあり、どんどんと芸能界への道を歩み始めました。
今も現役に活動をしている大和田さん。
今後も彼の活躍に期待していきましょう。
